好みのものに触れたいなら、新しいものを探すよりも過去の自分が構築済のライブラリを漁ったほうが早いのかもしれない
好みだと感じたものから手を出しているだろうし、ずっと手元にとっておいてあるものは少なからず自分の琴線に触れる部分を備えているはず
家にある本、ゲーム、円盤などを眺め渡して、これだけのものがあってもまだ別の新しい「好みのもの」を求めてあちこちを探し回ってしまうのは何故なのかと不思議に感じるときがある
今までに知った「好きなもの」の要素をぴったりとすべて備えた「しっくりくるもの」が見つかるのを期待しているんだろうか
好みだと感じたものから手を出しているだろうし、ずっと手元にとっておいてあるものは少なからず自分の琴線に触れる部分を備えているはず
家にある本、ゲーム、円盤などを眺め渡して、これだけのものがあってもまだ別の新しい「好みのもの」を求めてあちこちを探し回ってしまうのは何故なのかと不思議に感じるときがある
今までに知った「好きなもの」の要素をぴったりとすべて備えた「しっくりくるもの」が見つかるのを期待しているんだろうか

